KONISHIKI のエンターテインメントヒストリー。外国人初の大関として、日本の相撲界で大活躍したKONISHIKI
|黒船襲来と称された力士時代からタレントへの転身
──外国人初の大関として日本の大相撲界で活躍され、力士を引退されてから20年近く経ちますが、スポーツ選手からタレントという別の世界に移ったきっかけはなんですか。
現役の時はタレント業に制限があったのですが、日本相撲協会を離れてから、ありがたいことにTVやラジオ、DJなど人前に出る様々なお仕事を頂きました。今はその中でも音楽の仕事の割合が多いです。
──元々音楽がお好きだったんですね。
はい、子どものころから教会に通っていて小学校のハワイアンクラブに入ったり、高校時代はジャズバンドを組んだりと、楽器から歌までオールマイティーにこなしてましたね。正しくオールマイティデブというか。(笑)
──ハワイで常に音楽に囲まれた環境で育ってきたからこそ、現在も表現者として活躍されているんだと思います。
ハワイは沖縄にも似ていると思うんですけど、音楽は生活の中の一部でしたね。食事会の席でも、ウクレレを弾くとみんな踊ったり歌ったり、楽しんでいたので、自然とバンドを組んだりして音楽を勉強しましたね。
──相撲界という全く別の世界に行ったわけですが、力士時代の生活から今の音楽活動に活かされた部分はありますでしょうか。
相撲はやはり格闘技ですから、大勢の観衆の前で取組をすることで度胸がつきました。あとは、講演会を行う際も自分達でプロデュースをしたり、相撲の中でも常にエンターテインメントを意識しながら活動していました。そういった部分が今に活きていると思います。
──大相撲の厳しい世界のなかで過ごしたことで、今があるという訳で。
勝負の世界なので本当に厳しくて、現役を続けられる期間が短い力士も大勢います。自分はありがたいことに16年間現役を続けて、大関というポジションを保つことができました。相撲をきっかけにKONISHIKIというキャラクターが世間で広まり、今のタレント活動に繋がったんだと思いますね。本当になるようにして自然とタレントへ移行した感じです。
──きっとKONISHIKIさんのキャラクターが一般の人に愛されていたからだと思います。
小錦という力士は相撲の世界でも特殊で、初めて外国人力士として大関になったので、メディアにも注目されたんだと思います。ただ、どんなにキャラクターが良くても勝たないと残れない世界でした。今もメディアに対して意識しているということではなくて、自分がやりたい事を信じてやることが大切だと思ってます。どこかで頑張っている姿はきっと誰かが観てくれていて、その観てくれた人からお仕事を頂くことが多いので、そういう所を信じて活動していますね。
やっぱり、KONISHIKIというブランドは相撲の世界でできあがった偉大なものだと自負しています。やめて既に20年経った今でも、小錦や大関と呼ばれることが多いですし、ライブで歌うと「歌えるんだ」と驚かれることが多いので、もっと多くのステージに立って、アーティストとしても周知してもらえるようにしたいですね。
音楽やイベントを通して自分の信念を貫く
──現在は具体的にどんな活動をしていますか。
今は音楽をメインに奥さん(小錦千絵氏)と一緒に大きなステージから小さなステージまで、多く出演しています。この5、6年に関しては新しい挑戦をしたいと思い、宮本亜門さんの舞台に50歳の時に出演しました。色んなプロのステージに挑戦することは、少し不安だったりしますが、自分にとってはプラスになるんだと思ったので。
他には今年の8月に普段あまり歌わないロックナンバーを、生バンドで歌ったりもしました。あとはお寺でライブをやったり、とにかく新しいことをするのは好きですね。都内だけじゃなく、地方でも積極的に活動をしています。地域のお年寄りに会うと喜んで貰えるので、音楽ライブはもちろん、交流会のようなイベントも多くやっていますね。
──生のイベントを通してKONISHIKI流のエンタテインメントを発信して行きたいと。
音楽のみならず講演会とか、自分が生でイベントに立って表現することで、多くの人々に喜んで貰えるのは嬉しいですし、それを大切にしていきたいと思っていますね。
──ファンと直接触れ合える場を大切にしているからこそ、今尚みんなに愛されるKONISHIKIさんであると思います。
ボランティアも含めると、年に200回以上は色んなイベントに出ています。お蔭さまでさまざまなイベントに誘っていただいてます。自分自身で企画を立ててイベントを行うこともありますね。最近では、1から自分で企画を立てて、スケジュールを組んで、相撲ツアーを今年9月にやりました。
ハワイミュージックの素晴らしさを生音で体感して欲しい
Zepp nagoyaでのライブ公演では、奥様の千絵さんと一緒にステージを披露。
夫婦の愛が伝わる温かいショーであった。
──音楽イベントの企画もされているみたいですが、今後企画したいイベントはありますか?
音楽イベントだと、ハワイ出身のアーティストが一同に集まれるようなフェスを展開していきたいと思います。小さい規模でもいいので、みんなで支えながらやりたいなと。音楽業界は難しい世界だけど、みんなで協力してハワイの島の音楽を、一つのステージで披露できたら嬉しいですね。ハワイ系のイベントは多いけど、ハワイ音楽の純粋なイベントが実はすごく少ないんですよ。フラなどのダンスとミックスした音楽イベントが多いですけど、音楽を純粋に楽しめるイベントを増やしたいなと。
ハワイの音楽はホップなものからHIPHOP、レゲエ、ROCKと幅広く、若い人から年配の方まで広い世代で楽しめる音楽がたくさんあります。でも、ハワイの音楽はひとくくりにされがちな部分が今でもありますよね。日本の皆さんに、本当のハワイの音楽の良さを体感できるようなステージが作れたらと。ハワイのアーティストと日本のアーティストがコラボしても面白いと思います。
──ハワイミュージックの認識を変えたいと。
やっぱり、もっとハワイの本格的なミュージックを楽しんでもらえるようなフェスができたらみなさんのハワイミュージックについての考え方が変わってくると思います。1万5千人くらいの規模で最終的にできたら嬉しいな。イベントでたくさんの経験を積んで、現場でいろんな人たちと繋がることは大切です。そこで出会った人たちとさらに、チームを組んでイベントが企画できれば、いい音楽ステージができると思いますね。